春の雪
春の雪
「うぅ……ん」
意識したのは肌寒さ。半ば無意識状態で私は毛布を握ってぎゅっと引き寄せる。
あぁ。駄目だ。寒い。
徐々にはっきりとしていく意識に、私は最後の抵抗を試みる。
「愛花、寒い」
私のその言葉を受けて、愛花はふわりと私を抱きしめて温めてくれる。
――はずだった。
しかし一向に感じない愛花の温もりに、私は一瞬で意識が覚醒して飛び起きる。
「愛花!?」
隣にいるはずの愛花は、そこにはいなかった。
いつもは私が起きるまで隣にいてくれるのに。
私は心の中で文句を言いながら、ベッドから立ち上がる。
リビングに入り、キッチンを覗いてみるが、愛花の姿は無い。トイレだろうか。私は倒れこむようにソファーに寝転ぶ。
「なんでこんな時に限って、いないのよ」
自然と口を出た文句。ただでさえ寒い日。愛花が傍にいてくれないと、私にはことさら寒く感じる。身体も心も。
可笑しなものだ。少し前までは平気だった一人の時間が。今ではたまらなく寂しい。愛花に依存しすぎている今は、とても心地よくて、とても怖い。
しばらくまっても姿を見せない愛花に、徐々に不安が湧き上がってくる。
私からは決して愛さない。それが愛花との契約だった。私が愛花を愛した時、愛花は私の前から居なくなってしまうのだ。
と、そこまで考えてから、私は不安を追い払うために意識的に首を振る。こうすれば、きっと不安は振り落とせる。
「大丈夫」
私は小さく口に出して、そっとソファーを立ち上がる。そしてその足で玄関へ向かう。
玄関に愛花の靴は無かった。買い物、という訳ではないだろう。愛花と暮らし始めてから、愛花は一度だって一人で買い物に行ったことなど無かったから。
何気なしに、私は外へ出ようと靴を履く。寝間着のままだったけれど、たいした気にならなかった。
冷たくて重いドアを押して、外へと出る。鍵は掛けられてはいなかった。
はらり。
視界を遮った白い何か。一瞬送れてそれが雪だと分かった。
もうすぐ四月になろうかというのに、雪。どうりで寒いわけだ。
季節に不釣合いの雪は、けれども美しかった。
「おはようございます」
その声に、私は見上げていた顔を下ろす。声を聴いた瞬間から分かっていた。
能天気な笑顔で、愛花はそこにいるってことが。
「……寒かった」
何を、私は言っているんだろう。これじゃあまるで我侭を言っている子供だ。
「んふふ。それじゃあ家に入りましょう。温めてあげます」
小さく含み笑いで愛花。玄関の隅に屈んで何かを置いた。見てみると、それは手のひらサイズの小さな雪だるまだった。
「それを、作っていたの?」
そうですよ。小さな声で、愛花はそう答えた。それはどこか悲しげな声だった。
「雪だるま」
置いたばかりの雪だるまを見て、知ってます? と愛花は続ける。
「温かくされると、消えちゃうんですよ」
「……」
「あたしと、おんなじですね」
泣きそうな声で私を見上げて笑う愛花は、あはは。と笑った。
やっぱりあの能天気な笑みだった。
思考をはじめようとする頭と、何かが湧き上がる心を。私は必死で誤魔化す。
何も考えない。何も考えない。何も考えない。
色々なものを全て強引に無視する。見えないように、気がつかないように箱を作って閉じ込める。
けれどそんなことはやっぱり無理で。折角作った箱も徒となって消えてしまう。
ふわり。
唐突に、そんな感覚が私の全てを支配する。
次いで愛花の匂いと、愛花に触れている感覚。
そして。あの愛に満ちた空気。
「ごめんなさい」
私を抱きしめて、愛花はそう言った。それはきっと私が愛花を愛してはいけない事への謝罪。
「別に……いいわよ」
愛せなくたって、別にいい。愛花が私を愛してくれるなら。
「ねぇ。愛花」
愛花を感じながら、私は言う。愛花は、なんですか? と私の胸辺りの位置にあった顔をあげる。
「私は、誰も愛さないから」
きっちり二秒間。私を見つめた後。
「そうですね」
能天気な笑顔で、愛花はそう答えた。
「うぅ……ん」
意識したのは肌寒さ。半ば無意識状態で私は毛布を握ってぎゅっと引き寄せる。
あぁ。駄目だ。寒い。
徐々にはっきりとしていく意識に、私は最後の抵抗を試みる。
「愛花、寒い」
私のその言葉を受けて、愛花はふわりと私を抱きしめて温めてくれる。
――はずだった。
しかし一向に感じない愛花の温もりに、私は一瞬で意識が覚醒して飛び起きる。
「愛花!?」
隣にいるはずの愛花は、そこにはいなかった。
いつもは私が起きるまで隣にいてくれるのに。
私は心の中で文句を言いながら、ベッドから立ち上がる。
リビングに入り、キッチンを覗いてみるが、愛花の姿は無い。トイレだろうか。私は倒れこむようにソファーに寝転ぶ。
「なんでこんな時に限って、いないのよ」
自然と口を出た文句。ただでさえ寒い日。愛花が傍にいてくれないと、私にはことさら寒く感じる。身体も心も。
可笑しなものだ。少し前までは平気だった一人の時間が。今ではたまらなく寂しい。愛花に依存しすぎている今は、とても心地よくて、とても怖い。
しばらくまっても姿を見せない愛花に、徐々に不安が湧き上がってくる。
私からは決して愛さない。それが愛花との契約だった。私が愛花を愛した時、愛花は私の前から居なくなってしまうのだ。
と、そこまで考えてから、私は不安を追い払うために意識的に首を振る。こうすれば、きっと不安は振り落とせる。
「大丈夫」
私は小さく口に出して、そっとソファーを立ち上がる。そしてその足で玄関へ向かう。
玄関に愛花の靴は無かった。買い物、という訳ではないだろう。愛花と暮らし始めてから、愛花は一度だって一人で買い物に行ったことなど無かったから。
何気なしに、私は外へ出ようと靴を履く。寝間着のままだったけれど、たいした気にならなかった。
冷たくて重いドアを押して、外へと出る。鍵は掛けられてはいなかった。
はらり。
視界を遮った白い何か。一瞬送れてそれが雪だと分かった。
もうすぐ四月になろうかというのに、雪。どうりで寒いわけだ。
季節に不釣合いの雪は、けれども美しかった。
「おはようございます」
その声に、私は見上げていた顔を下ろす。声を聴いた瞬間から分かっていた。
能天気な笑顔で、愛花はそこにいるってことが。
「……寒かった」
何を、私は言っているんだろう。これじゃあまるで我侭を言っている子供だ。
「んふふ。それじゃあ家に入りましょう。温めてあげます」
小さく含み笑いで愛花。玄関の隅に屈んで何かを置いた。見てみると、それは手のひらサイズの小さな雪だるまだった。
「それを、作っていたの?」
そうですよ。小さな声で、愛花はそう答えた。それはどこか悲しげな声だった。
「雪だるま」
置いたばかりの雪だるまを見て、知ってます? と愛花は続ける。
「温かくされると、消えちゃうんですよ」
「……」
「あたしと、おんなじですね」
泣きそうな声で私を見上げて笑う愛花は、あはは。と笑った。
やっぱりあの能天気な笑みだった。
思考をはじめようとする頭と、何かが湧き上がる心を。私は必死で誤魔化す。
何も考えない。何も考えない。何も考えない。
色々なものを全て強引に無視する。見えないように、気がつかないように箱を作って閉じ込める。
けれどそんなことはやっぱり無理で。折角作った箱も徒となって消えてしまう。
ふわり。
唐突に、そんな感覚が私の全てを支配する。
次いで愛花の匂いと、愛花に触れている感覚。
そして。あの愛に満ちた空気。
「ごめんなさい」
私を抱きしめて、愛花はそう言った。それはきっと私が愛花を愛してはいけない事への謝罪。
「別に……いいわよ」
愛せなくたって、別にいい。愛花が私を愛してくれるなら。
「ねぇ。愛花」
愛花を感じながら、私は言う。愛花は、なんですか? と私の胸辺りの位置にあった顔をあげる。
「私は、誰も愛さないから」
きっちり二秒間。私を見つめた後。
「そうですね」
能天気な笑顔で、愛花はそう答えた。
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エリカと愛花のバレンタイン
愛花「バレンタインとヴァン・アレン帯 って、語感にてません?」
エリカ「急に……なに?」
愛花「間違えやすい言葉特集。さっきテレビで」
エリカ「あぁ……そう」
愛花「ところで、ヴァン・アレン帯ってなんなんでしょうね」
エリカ「さぁ。SFの作品でよく目にするし、宇宙的な何かなんじゃないの?」
愛花「宇宙ですかぁ~。うーん、よくわからない」
エリカ「悪かったわね」
愛花「あはは、そういう意味じゃないですよ。あ、それじゃあバレンタインってなんですか?」
エリカ「……わざとらしいわね。チョコレートなんてあげないわよ」
愛花「あはは、わかってますよ。バレンタインデーは大好きな人に想いを伝える日ですから」
エリカ「……ふぅん」
愛花「だから、一緒に買いに行きましょう。あたしからエリカさんへのバレンタインチョコレート」
エリカ「あなたねぇ……そういうものは普通一人で準備しておくものでしょう」
愛花「あはは。まぁいいじゃないですか。だってバレンタインデーは大好きな人に想いを伝える日 なんですよ?」
愛花「チョコレートをあげるだけじゃ、足りないです。だから今日一日かけて」
愛花「伝えます」
エリカ「……」
愛花「さ、出掛ける準備しましょう」
エリカ「あぁ、もう。わかったわよ」
愛花「んふふ」
私のしたい100のこと【8】
愛花 「エリカさん、エリカさん」
エリカ 「ん? どうしたの?」
愛花 「シュークリームって、美味しいですよねぇ」
エリカ 「……? あなた、まだ手を付けてないじゃないのよ」
愛花 「あはは、見るからに美味しそうですよ、ほら」
エリカ 「まあ……そうね」
愛花 「美味しいものを食べると、しあわせになりますよね」
エリカ 「しあわせって……大げさね」
愛花 「うーん……思ったんですけど」
エリカ 「ん?」
愛花 「シュークリーム1個で得られるしあわせ度を100として……」
エリカ 「……は?」
愛花 「だいたい、5口……くらいかな。まあ例えば5口で食べるとしたら」
愛花 「一口につき20のしあわせ成分が生まれるじゃないですか」
エリカ 「……しあわせ成分? あなた何いってるの?」
愛花 「じゃあですよ? このシュークリームを一口で食べたとしたら」
エリカ 「……あなたまさか」
愛花 「そうです。しあわせ成分100が一気に押し寄せるわけですよ」
エリカ 「やめたほうがいいと思うわ」
愛花 「いいえ、あたしはしあわせ成分を一気に吸収します!!」
エリカ 「……はぁ、食べ終わったあなたの言葉を予想してあげるわ」
愛花 「――むぐぐ、むぐ……」
エリカ 「食べにくいし呼吸しにくいし味を感じる余裕もないし、むしろしあわせ成分20以下になりましたー。って」
愛花 「――んぐんぐ」
エリカ 「……で、どう?」
愛花 「……おっしゃる通りです」
エリカ 「ふふ、ほらね。だからいったじゃないの」
愛花 「あ、でも。シュークリームのしあわせ成分は少なくなっちゃったけど」
エリカ 「……?」
愛花 「エリカさんの笑った顔を見れたから。100以上のしあわせ成分を貰えましたよ」
エリカ 「……むぅ」
愛花 「んふふ」
【8】シュークリームを一口で食べる
エリカ 「ん? どうしたの?」
愛花 「シュークリームって、美味しいですよねぇ」
エリカ 「……? あなた、まだ手を付けてないじゃないのよ」
愛花 「あはは、見るからに美味しそうですよ、ほら」
エリカ 「まあ……そうね」
愛花 「美味しいものを食べると、しあわせになりますよね」
エリカ 「しあわせって……大げさね」
愛花 「うーん……思ったんですけど」
エリカ 「ん?」
愛花 「シュークリーム1個で得られるしあわせ度を100として……」
エリカ 「……は?」
愛花 「だいたい、5口……くらいかな。まあ例えば5口で食べるとしたら」
愛花 「一口につき20のしあわせ成分が生まれるじゃないですか」
エリカ 「……しあわせ成分? あなた何いってるの?」
愛花 「じゃあですよ? このシュークリームを一口で食べたとしたら」
エリカ 「……あなたまさか」
愛花 「そうです。しあわせ成分100が一気に押し寄せるわけですよ」
エリカ 「やめたほうがいいと思うわ」
愛花 「いいえ、あたしはしあわせ成分を一気に吸収します!!」
エリカ 「……はぁ、食べ終わったあなたの言葉を予想してあげるわ」
愛花 「――むぐぐ、むぐ……」
エリカ 「食べにくいし呼吸しにくいし味を感じる余裕もないし、むしろしあわせ成分20以下になりましたー。って」
愛花 「――んぐんぐ」
エリカ 「……で、どう?」
愛花 「……おっしゃる通りです」
エリカ 「ふふ、ほらね。だからいったじゃないの」
愛花 「あ、でも。シュークリームのしあわせ成分は少なくなっちゃったけど」
エリカ 「……?」
愛花 「エリカさんの笑った顔を見れたから。100以上のしあわせ成分を貰えましたよ」
エリカ 「……むぅ」
愛花 「んふふ」
【8】シュークリームを一口で食べる
なりたい自分に
なりたい自分に、私はなれたのだろうか
ふと考えてみる。答えは明白だ。
沢山のものを得て、いくつかのものを失った。
結果。私は自分の今を、しあわせだと言えると思う。
半分だけね。
得たものの中に、しあわせはあるけれど、
失ったものの中に、失いたくないと思っていたものも多くある。
後悔したってしょうがない。
じゃあ、どうすればいいのかな。
五年前より、塞ぎ込む頻度が増えたと思う。
ほんとうは、きっと
そんなにしあわせじゃ、ないんだろうね。
限界だ。
ふと考えてみる。答えは明白だ。
沢山のものを得て、いくつかのものを失った。
結果。私は自分の今を、しあわせだと言えると思う。
半分だけね。
得たものの中に、しあわせはあるけれど、
失ったものの中に、失いたくないと思っていたものも多くある。
後悔したってしょうがない。
じゃあ、どうすればいいのかな。
五年前より、塞ぎ込む頻度が増えたと思う。
ほんとうは、きっと
そんなにしあわせじゃ、ないんだろうね。
限界だ。
久々にアクセス
放置気味になりすぎていたブログに久しぶりにアクセス。
いろいろなことがあった。
ほんとう、いろいろ。
悲しいときほど、何かを綴りたくなる。
いろいろなことがあった。
ほんとう、いろいろ。
悲しいときほど、何かを綴りたくなる。